新たなる洪水を前にして

この文章は、昨年に展示を予定したいもののために書かれたもので、情報はやや古いですが最初の短い文が後、後ろの長い文章が先に書かれています。
展示そのものはぽしゃりましたが、同じシリーズで今年中には展示を行う予定ですので、試しに掲載してみます。
PDFをアップするのがうまくいかず、諦めてテキストで貼りました。
よろしくお願い申し上げます。

Around the bush

石倉 優

新たなる洪水を前にして

この後に収録している「フラット化する世界への抵抗として、取り残された身体を探しに行く」と題した文章は、当シリーズ制作の途中で書かれた。足繁く藪に通いながら、その意味について整理するためにまとめたものである。
この時には既に、2019年10月の台風19号が通り過ぎていた。2019年春に開始した制作は、当初は人物を中心としたポートレイト的なもので、藪は単にロケーションであった。次第に藪自体に関心が向くようになったところで台風に見舞われ、決定的に視点が逆転した。この台風では各所で甚大な被害が発生、都内でも多摩川の堤防が決壊し多くの家々が水没。わたしが主なロケ地としていた河川敷の藪も、見る影もない姿となった。
わたしは荒川沿岸の低い土地に居住し、堤防が決壊すれば危険に晒される環境にある。そうでありながら、蹂躙された藪の姿には奇妙な興奮を覚えないではいられなかった。情報化によりフラット化する世界について考えていたら、それ以上の力が地を文字通りフラットに均していた。
こうした災害が増加する背景には、気候変動の問題があるという。温暖化の進行により、百年に一度と言われた台風や洪水が、毎年のように襲ってくる可能性があると多くの専門家が指摘している。
気候変動はヒトの営為によるものだが、結果としてそれ以上の力を返されている。自然がヒトの力を矯めるバネのように働いて、ちょうどプレートの沈み込む力が蓄積されて地震を起こすように、思いもしない強大な力をわたしたちに返送してくる。
それがわかっていてもわたしたちはなかなか経済の仕組みを変えられない。たぶん、考える時間のスパンが違うのだろう。個人が生きるのは七十年やせいぜい百年、世代というなら二十年三十年程度で交代する。企業の決算はもっとずっと短いスパンで、日常生活での意識となれば、来週来月の予定程度が普通の人々の精一杯だろう。が、自然はもう少し大きなリズムで力を矯めて返してくる。だから、それが自業自得の結果だということが、人間にはなかなかピンと来ないのだろう。
しかし状況はもうそんな悠長な段階ではなく、気候変動への対応が今すぐにでも行動に移されなければ、わたしたちの未来は決定的に絶たれることになる。破壊され奇形的な姿となった藪は、わたしたちのそんな暗い未来を暗示しているようにも感じられた。
このような大きな力を身近で感じたせいもあり、藪を巡るわたしの制作活動も変化し、圧倒的な力を持つ異形の藪とその前で無力に立ちすくむヒト、あるいはまた、新しい秩序の元に収まっていく有象無象の藪とそれに包容される「小さな人間」を描出する方向へと舵を切っていった。
段々と作品の形が見えてきて、そろそろシリーズとしてフィックスできるのではないか、と考えた矢先、新たな災厄、最初のそれよりずっと大きな災厄の兆しが現れた。新型肺炎の流行である。
当初は海の向こうのニュースと考えていたが、2020年1月末に武漢からのチャーター便が飛び、それで帰国した人々の感染率を聞いて飛び上がった。無症状者も含めると1.4%の人が感染していたのである。
この飛行機で帰国した人は、発生源とされる市場の従業員でもなければ、医療従事者でもない。武漢という一千万都市で普通に暮らしていた人たち、つまり武漢市民から無作為抽出したサンプルと言えるだろう。
それが既に1.4%も感染している。驚くべき感染力である。
非常に雑な計算だが、日本の人口が1億2650万として、仮に全人口の1.4%が感染すると、感染者数は177万人ほど。致死率が3%だとしたら、5万3千人もの人が亡くなることになる。ちなみに東日本大震災による死者数が1万5千人余りである。
わたしは感染症についてまったくの素人で、この計算が実にいい加減であることもわかっていた。が、それにしてもとんでもないことが起こるのではないか、と恐怖に慄き、同時に安穏とした当時の世間の反応が理解できなかった。自分の考えの方が間違っているのでは、と何度も首を捻った。
そしてこれを書いている2020年4月16日時点で、感染者数は全国で8723人と発表され、世界では200万を超えている。実際はその数倍の数がいるだろう。一体この災厄がどこまで広がるのか、この後の世界がどうなってしまうのか、それこそ深い藪のように見通せない状況となっている。フラット化により見通しが良くなりすぎた世界で残された隈を探していたら、当の世界の方が余程お先真っ暗な現実を突きつけられたのである。
次第に外出が憚られるようになりつつも、わたしは制作を続けていた。モデル撮影は友人知人にお願いしているが、延々歩かせて夜の藪に連れ込んだ挙げ句、真冬に服を脱いでもらうこともあるので、交流を大切にしていた。酒を飲み交わしじっくり話を聞いてから撮影、終了後にも打ち上げと称してまた飲み食いする、というのを定例としてきたが、2020年2月25日のモデル撮影時に、食事前にアルコールで消毒するわたしをモデルさんが「神経質すぎるんじゃないの」と笑っていたのを覚えている。この時点ではまだ彼女の感覚の方が一般的だった。
単独での撮影は、まったく人間のいない環境で行うためさほどの心配はしていなかったが、対人の撮影では気を使っていた。2020年3月26日に最後のモデル撮影を行ったが、この時は二人ともマスクをして近づかず、撮影後の飲みも行わなかった。移動中の会話も「ロックダウンするならさっさとすればいい」「これからどうなるんだろう」「仕事は」と、その話題ばかりだった。彼女も写真作家で、わたしたちは共通の師についている。仕事柄多くの人と接し、年齢も年齢の師を案ずる話にもなった。最後は「お互いsurviveしましょう」と言って別れた。二人の性格的に別れ際には握手やハグをしそうだったが、お互い半端なところにあげた手に収まりどころがなく、少し滑稽な姿になった。
撮影自体の感染リスクは果てしなくゼロに近いと言っても、移動で電車に乗れば人との接触がゼロとはいかない。しかもわたしの撮影機材はかなり重装備で、巨大なリュックに三脚を2つ3つも抱えている。電車に乗れば会社帰りには到底見えず、人々の視線も痛かった。
足元も見えない夜の藪を漕ぐのが好きだ。真冬の間は足指の感覚がなくなるほど過酷だったが、暖かくなるに連れて土は温もりを増し、夜は騒がしくなる。マムシが怖いし虫が多すぎるので夏の藪は最悪だが、その前の季節までは夢心地になる。虫の声に囲まれながらヘッドランプの明かりを頼りに草木の間を進んでいると、世間のコロナ騒動が嘘のようである。
藪は藪で、自身のリズムで日々変化していく。多くの人々は見向きもしないが、足繁く通う者の目には僅かな変化がすぐにわかる。何一つ動きがないようで、一週間も空けるとまるで草の丈が違うし、芽吹く緑が日に日に鮮やかになる。ウイルスもまた、人の都合などお構いなしに、自律的なリズムで確実に広がっているのだろうと思った。
呑気に藪の写真なんかを撮っていられるのも今日が最後かもしれない、変化し続ける藪のこの瞬間の貴重な姿がもう見られなくなるかもしれない。そう思うと、闇の底で涙が出そうになった。撮影の合間にスマートフォンを出して位置を確認すると、ついニュースを一緒に見てしまう。毎朝目覚めるとすべてが夢になっているのでは、と思うのに変わらない現実と同じものが、人影一つない藪にも続いている。目を上げると藪が一層暗くなっている。スマートフォンの明かりは目を殺す。だから必要最小限しか見ないようにしているのが、ニュースに気を取られてすっかり視覚を奪われてしまう。遠いものを見て近くが見えていないのか、近いものを見て遠くが見えていないのか。愚かなわたしたちと自然の関係を見る思いがした。
洪水をもたらす気候変動も新興感染症も、結局のところ、人が自然に立ち入りすぎたことに因している。浮世離れしたそんな大きな視点だけでは、日々の食い扶持もままならない人々の暮らしに対し不誠実に過ぎることはわかっている。わたし自身、働かなければ生きていけない。家賃が払えない。これも、遠いものと近いものが一緒に見られない一例だ。
たぶん、生き物はそういう風に不器用にできていて、結局種内淘汰くらいしか方法がなく、縮小する世界でパイを奪い合って殺し合いでもするのが、自然に対して差し出す解なのかもしれない。ヒトの小ささ以上にわたしは小さい。こんな想像など無力にも満たない。夜の底でスマートフォンの光に目を奪われるような愚かしさがここにもある。
確かなのは、藪もウイルスもそれ自身の法により自律的に運動し、わたしたちもまた、自らの意思や思考とは関わりなく、自然に刻まれた法には抗えないことだ。わたしたちは常に状況の奴隷である。この作品もまた、状況に翻弄されて形を整えてきた。
しかしそれでも、わたしは抵抗している。わたしがわたしと考えるこの言語的な妄念が、うんざりするほど重い機材を抱えて夜の藪を彷徨っている。自身の目によっては捉えられないなにかが、わたし以外の目によって黙示的な図像を刻んでくれることを期待して。その啓示が、ヒトに対してほんの僅かでも徴となってくれることを願って。
愚かな写真作家はまだ藪に向かう。ますます視界の悪くなる藪を、飽くことなく漕ぎに行く。
フラット化する世界への抵抗として、取り残された身体を探しに行く

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友人の主催するイベントでDJをやらせて頂くことになり、DJ名が勝手に「DJ藪」になっていた。藪の写真ばかり撮っているかららしい。もうちょっとカッコイイ名前にして欲しかった、と思ったが、考えてみればこの名前はなかなか気楽である。最初からヤブと言っているのだから、多少大雑把でも許して貰えるだろう。
藪は胡散臭い。「藪医者」と言えば下手くそな医者、bush lawyerと言えば知ったかぶりの素人法律家、busherは田舎者、初心者だ。藪からいきなり棒が出てくるかもしれないし、つついたら蛇がいるかもしれない。人間理性により整序され文明化された世界に属さない、有象無象の領域が藪である。
が、natureというほど大それたものではない。「ヒトもまた大自然の一部である」「人の本性=nature」と言う時の「自然」は藪とは異なる。「自然」を思考する視点は俯瞰的で超越的であり、例えば「文明」を「自然」と対置する時のように、抽象度の高い世界観がコンテクストとして前提にされている。一方、藪とは人の世界のすぐ脇にあるもの、地べたを這いつくばる視点から見た未整理地に過ぎない。藪のコンテクストは狭隘かつ具体的で、世界全体を切り分ける目線の高さが欠落している。
低い視点から見ると、藪の中身は見通せない。だから真相は「藪の中」、藪の中では獲物を捉えられないのでDon’t beat around the bush、つまり藪の周りばかり叩いていないで藪を叩いて獲物を追い出せ、となる。藪は胡散臭いが、その中にはなにか「対象」が潜んでいる。いるけれど、それが何なのかわからない、はっきりしない。
その「なんだかわからないもの」も、俯瞰で見ればなにがしと正体のあるものなのだろう。位置を座標とし時間を数直線上に並べる数学化された世界観においては、不明のまま許されるものはなにもない。今わからないものでも、いずれはわかる、という期待が織り込まれている(もちろん、ラプラスの悪魔は成り立たないが、ここでは、例えばフッサールが「ガリレオによる世界の数学化」として批判したような世界観のことを、漠然と指している)。
藪は元より地べたのもので、「藪の中」を知ろうと思えば藪に分け入るより仕方がない。入るほどの価値あるものが待っているとは約束されないし、なにより、入った結果「対象」が逃げるかもしれないし、姿を変えるかもしれない。つまり、観察行為自体が観察対象を変化させる「観察者効果」めいた現象が起こる。そういう、自己言及的な領域に踏み入るのが藪である。
藪に分け入る者は、「対象」を求めると同時に、自分自身(の結果)を受け取ることになる。

写真を撮ることは夢を解くことに似ている。
大抵の場合、わたしたちは自分がなにを撮っているのかを知らない。別段写真に限らず、絵でも彫刻でも、作家は自分がなにを制作しているのかよくわからないまま、とにかくものを作るものではないかと思う。明白に言語化できる「コンセプト」を携えて最初の一歩から踏み出したとしても、たぶん、作品の方が言葉の先を走っている。
とりわけ写真は、シャッターを押せばとりあえず写るものだから、作り手の意識が極めて低くてもなにかを撮ることはできる。目を瞑ったままシャッターを押すことすらできる、とても受動的なものである。とにかく押したのが自分で、カメラのローンを払ったのが自分であっても、そこに映り込むものが最初から一つの解釈の元に抑え込まれていることはまずないだろう。ちょうど夢が、たとえ「わたしの」夢であっても、意志や自我の制御下に夢見られているわけではなく、わたしであってわたしではない何者かがわたしに見させているように。
もちろん、最初から最後までただただ盲滅法に作るというのも、特別な才能に恵まれでもしない限り至難であって、ほとんどの作り手は「果たして自分はなにをやっているのか」を思考しないでいられない。その思考を作業にフィードバックし、という往還運動の中で制作を進めるのが一般的だと思う。
そこで、できた写真をパラパラと眺め、時折面白いものを見つけ、再生産し深化しようとする。が、(少なくともわたしのような末席の制作者においては)なかなか一直線にこの作業が進むことはない。なぜならその写真のなにがどう面白いのか、そう容易に明白化できないからである。
卑近な例で言うなら、わたしがこのシリーズの制作を始めたきっかけは、配偶者を撮った一枚だった。休日に彼と河原を散歩していたその時、わたしは新しいストロボを買ったばかりで、試してみたくて仕方がなかった。たまたま葛の這う藪があったので、彼をそこに入れて撮ってみた。ただ藪にいても面白くないので、しゃがみこんで貰い、あたかも穴からピョコンと顔だけ出しているようにして撮った。その写真が、モグラ叩きのモグラのようで、とても面白かった。写真の師からの評価も悪くなかった。
そこで「藪に埋もれているのが面白いのか」という解釈を立てて他の人を色々撮ってみたが、思っていたほどの効果は得られなかった。友人が写真を見て「NPCみたい」と言ったので(NPCとはオンラインゲーム等でユーザーの操作しないノンプレイヤーキャラクターのこと)、「雑魚っぽさが面白いのか」と思いそう工夫しても、あまり芳しくない。藪の中、というロケーションと社会的属性との関係が面白いのかと思って色々試し、これは多少ヒントになるところがあったが、満足の行く結果は得られなかった。
夢を解くのに似ているのは、このトライ&エラーの過程である。わたしであってわたしでない者がわたしに撮らせた写真について、わたしは解釈を与えようとする。しかし解釈はなかなか標的を射抜かない。解釈は解釈である以上、なんらかの意味作用(シニフィカシオン)を持たざるを得ないが、ただ意味を与えるだけでは、解釈は常に写真または夢を矮小化する効果しか持たない。もし本当に機能する解釈というものがあるとしたら、その時解釈は、写真や夢を追い抜かなければならない。

解釈は、意味を押し付けるのではない、それは主体が言語の壁を破ったときに、意味に先んじて音として聞こえてくるものである。(『ラカンの精神分析』新宮一成)

論理の音速を越えるソニックブームこそが、解釈の真の効果である。
しかし、とまた始まりに戻ってしまうのだが、そのような詩的解釈が即座に降りてくることも、また滅多とない。対象が自分自身の写真=夢であるとなれば尚更だ。写真の失敗と同じくらい、解釈の失敗が積み上がっていく。この段階の解釈は、ほとんど制作の一過程で、作品と相まって運動体を構成しているに過ぎない。
夢を見ながら、時々「これは夢だ」と気がついて、その夢の意味について思考することがあるが、意味に堕ちている限り、まだわたしたちは夢の中にいる。

新宮一成『夢分析』の中に、バイオ研究に進もうとする女性の見た「牛の胎児の夢」が紹介されている。彼女が女の人と海岸を歩いていると、サメが現れて女の人が食べられてしまう。彼女は必死で逃げるが、逃げても逃げても波が追い越していく。すると波の上に「bovine」という文字が現れてすぐ消え、赤黒い肉の塊が現れる。彼女はそれを見て「牛の胎児だ」と思う。
bovineはバイオ研究でしばしば使われるbovine fetus(牛の胎児)から来ている。サメに食べられた女の残骸のような赤黒い肉塊が、バイオ研究の材料と重なり合っている。牛の胎児は研究のためにいわば生贄にされる存在だが、彼女自身、バイオ研究に「身を捧げ」ようとしている。彼女はこのことから、仏様をもてなすのに自ら火の中に飛び込み食べてもらった兎、という仏教説話を思い出す。同時にまた、彼女はちょうど、妹が自分より先に結婚する、という状況にもある。先に海の方に歩いていく女の人は、妹でもある。従って、「結婚なんてサメに食べられるようなもの」であるが、残された赤黒い肉塊は妹が宿すであろう胎児にも似ている。
別の若い女性の見た夢には、「布にくるまれた死体」が現れる。川べりに数人と共にいると、白い布にくるまれて中の見えない死体がある。彼女は女だな、とわかる。同時にまた、彼女はこの死体から赤ん坊を連想する。「白い布にくるまれている」のは確かに赤ん坊めいている。これらの肉=死体=赤ん坊は、「幼い頃に存在して今は失われている自分」とも言える。
どちらの肉も水べりに見いだされることも示唆的だ。モーセのエピソードを引くまでもなく、子どもは水辺に流れ着く。水の「向こう」の世界から「こちら」にやってきたのが赤ん坊である。わたしたちは皆、赤ん坊の時期を持っているが、「子ども時代はない」(フロイト)。つまりわたしたちは赤ん坊=肉塊として流れ着くが、その時の記憶を持たない。記憶を持たないとは、忘れてしまったということではなく、その時「わたし」は、今ここで語る「わたし」、言語に参入するというより、語りかけられることで言語の中に反射した像として現れた「わたし」ではなかったということである。にも関わらず、発生論的な意味では紛れもなく「わたし」でもある。「そもそもの始まりのわたし」は、水辺の死体のような不気味な肉塊として流れ着き、語る以前に語られ、見る以前に見られている。
なにかが「藪の中」にあるとしたら、それはこの死体のようなものだと、ある時気がついた。
藪という不分明なものは、そこに分け入る者の効果を返す。藪に誰を連れていくか、それもまた、制作者の効果となって画面に返ってくる。解釈が夢の中に入り込む。そうした自己言及的な運動において、わたしたちが対峙(胎児?)させられるのは、肉塊の如き解釈不能性、語られる物質=対象としての「わたし」、瘤のような違和感としての主体ではないか。

ジャック・ラカンがメルロ=ポンティの遺作となった『見えるものと見えないもの』について、以下のように語る下りがある。

(メルロ=ポンティが現象学の限界を押し広げ進む)この道は、見えるものは見る者の目のもとに我われを置く何かに依存している、ということを見出すことになる道だからです。このように言うのは少々言いすぎかもしれません。というのも、この目は私ならむしろ見る者の「芽」とでも呼ぶであろうなにものか、見る者の目以前のなにものかの隠喩にほかならないからです。彼の指し示す道を通ってしっかりと捕らえなければならないのは、眼差しはあらかじめすでに存在しているということです。つまり、私は一点だけから見ているのに、私は私の存在においてあらゆる点から見られているのです。(『精神分析の四基本概念』ジャック・ラカン)

この一節は、写真を撮る人間にとって示唆に富んでいる。わたしたちは通常、カメラを携え、その目を自らの目の代わりとして、世界の「見え」を切り取っているかのように考えている。その時、目=カメラは、独我論的な世界の始点=視点を演じている。
ウィトゲンシュタインが『論理哲学論考』で「5.6331 つまり、視野は決してこのような形をしてはいないのである」として描いている著名な図があり、それは楕円形の世界の端(恥?)に目がある、というものだが、わたしたちが日常でイメージするカメラの作用とは、こうした形のものだろう。
しかしもちろん、この思考の枠組みは、その枠組み内部からは論駁困難であるものの、極めて理知的に限局された系の内部を巡っているに過ぎない。生物種を分類しその一項としてホモ・サピエンスを置くような、リスト的・カテゴリ的な鳥の目で世界を見る(そしてその「見え」を世界そのものと錯誤する)狭隘さから逃れられない。言うまでもなく、こうした「科学的」で「理性的」な世界観が誤りということではない。ただ、そうした視点を可能にしている枠組み自体への自己言及が欠落している。そして正にこの欠落自体により知は成立し、長大な射程を獲得するのだが(グローブのナックルパートでの打撃に限局されたボクシングが素晴らしい技術的飛躍を実現したように)、アートの役割がメディウム自体の特性と無縁でないのだとしたら(無縁なわけがない)、わたしたちは敢えて射程の長い武器を手放し、哲学的センスを携えて慎重に進む必要がある。
この時、カメラの機能とはいかなるものになるのか。そのヒントとなるのが、上に引用した一節である。
わたしたちは見る以前に見られている。それは一つには、間主観的な意味で、カメラを携えた人間として目撃されている、ということもなくはないだろう。そういう形で制作された優れた作品群もある。しかしこれは、もう「わたし」が随分と見られた後の話、「わたし」が十分に人間になった後の話で、既にある種「社会的」な水準にある。もっと始原的な意味でも「わたし」は見られているし、ラカンの言う眼差しはこの水準にある。
ここで言う眼差しを理解するには、擬態のことを考えてみれば良い。ある種の虫は、大きな目玉のような斑紋を背負い、捕食者から自らを守る。この時虫は、自分が巨大な生き物のように見えていると知っているのだろうか。自らの斑紋を知っているだろうか。ヒトですら背中に書かれた落書きに気づかないのに、芋虫は身体を捻って背中の文様を見るだろうか。その文様を見て「まるで巨大な生き物の目のようだ」と考えるだろうか。
もしかすると、この虫は視覚を持たないかもしれない。見ることのできない虫が、見る以前に見られている。見ているのは果たして捕食者だろうか。捕食者が、「この虫は食べないでおこう」と芋虫の背に斑紋を描いたわけではない。むしろ虫は、世界そのものに見られてはいないだろうか。
眼差しは、ラカンの文脈において、声や糞尿、乳房と並んで対象aに数えられている。対象aとは、「他人の中に埋め込まれ、私にとって非人間的で疎遠で、鏡に映りそうで映らず、それでいて確実に私の一部で、私が私を人間だと規定するに際して、私が根拠としてそこにしがみついているようなもの」(『ラカンの精神分析』新宮一成)である。そうした対象としての眼差しは、不可知論的に手の届かないものではなく、またサルトルの恥のように消え去るのではなく、ある意味、「目に見える」。
ラカンは自らの二十代の体験を語っている。その頃彼は、若いインテリにありがちなことに、「田舎の狩りとか漁とかの実践に身を投ずることばかり考えて」いた。そうして彼は漁船に乗り込むのだが、ある時船上で、波間に空き缶が浮いてキラキラと光っているのを見つける。(ラカンと異なり無学な)漁師の男プチ・ジャンが、それを指差して言う。「あんたあの缶が見えるかい。あんたはあれが見えるだろ。でもね、やつの方じゃあんたを見ちゃいないぜ」。

プチ・ジャンが私に缶の方は私を見ていないと言ったことが意味を持つのは、第一にある意味で、それでもやはり缶は私を視ているからです。その缶は光点という意味で私を視ているのです。私を視ているものはすべてこの光点という水準にあります。(『精神分析の四基本概念』ジャック・ラカン)

プチ・ジャンがこの時、気の利いたことを口にして愉快げに笑っていた一方、ラカンにはさほど面白くなかった。なぜかと言えば、彼はこの時、荒くれ者の漁師の中に交じる生白いインテリという意味で「浮いて」いて、空き缶も同じく波間に「浮いて」いたからである。それをどこかで感じていたからこそ、さほど面白いと思えなかった。缶は浮きながら、光点としてラカンを「視て」いる。その浮いた缶とは、船上の若きラカンなのである。
カメラを携えて場に赴く者は皆どこか「浮いて」いるが、果てして彼または彼女は見ているのか見られているのか。繰り返しになるが、端的に「人に」見られることで成立する作品群はある(ついでに言えば、デモの撮影などをしていると一番最初に殴られるのは大抵カメラマンらしい。機材が重くて逃げ足が遅く、カメラを持っているだけで攻撃的に映るのだろう)。しかしそれがすべてではない。
藪のシリーズはほとんどが夕方から日没後にかけて撮影されたため、分単位で光が変わる。周囲に灯火のない場所での撮影であり、しばらく経つとほとんど真っ暗闇の中で作業することになる。特にわたしはレーシックの手術を受けていて、夕暮れ時や残照の時間になると極端に視力が落ちる。足元も定かならなくなり、モデルの方に道を尋ねたことすらある。被写体以上に撮影者の目が塞がっている。
そのほとんど見えない状態で、シャッターを切る。ストロボが瞬き、被写体からは光点だけが見えるだろう。カメラの後ろのわたしが、波間に浮く缶のように映っているかもしれない。その時わたしは、見ているのか見られているのか。見えない視界に刹那現れた像は、わたしがわたしになる以前に見られていた名残りの肉塊ではなかったのか。
しかし一瞬後にはそれは再び闇に沈み、手を伸ばしてももう届かない。

言うまでもなく、写真は現実を写すわけではない。長年訓練を積んだ人間、または生まれながらにして特別な才能(あるいは症状)を備えた者であれば、いくらかでも世界の実相に迫れるのかもしれないが、凡百な人間は写真の中に像しか見ない。像になった途端、現実は背景へと消し飛ぶ。
かといって、あらゆる像を拒否したところで、一切焦点を結ばない「無意味」な画面に転落するだけだ。皆、写真初心者の頃に、無意味でちょっとカッコイイ影の形などを撮ってみたことがあると思うが(わたしはある)、そうした写真は青臭いだけで何も映っていない。なぜそれが写真として機能しないのかと言えば、解釈の運動が最初から起こらないからだ。精神分析的に言えば、転移が起こらない。

解釈は一つの意味作用(シニフィカシオン)ですが、意味内容なら何でもいいというわけではありません。(・・・)解釈は、一つの還元不能なシニフィアンを出現させる効果を持っているのです。(・・・)必要不可欠なのは、主体がいったいどんな――無意味で、還元不能で、外傷的な――シニフィアンに、自分が主体として隷属しているかを、この意味の向こう側に見ることです。(『精神分析の四基本概念』ジャック・ラカン)

では、見る運動を開始させるには、写真はどうあらなければならないのか。

シニフィアンとは主体を表象するものです。何に対して表象するのか、もう一つの主体に対してではありません。もう一つのシニフィアンに対してです。この公理を解りやすい形で思い描くために、象形文字が一面に書かれた石を砂漠で見つけた、と考えてみてください。みなさんは、これらの文字を書くためにその背後に主体がいた、ということを一時も疑うことはないでしょう。しかしそれぞれのシニフィアンがあなたへと差し向けられているとしたらそれは間違いです。その証拠に、あなたはそれらの文字から何も理解することはできないではありませんか。それに対して、あなたはそれぞれのシニフィアンが他のそれぞれのシニフィアンと関係しているという点については確かだと考えているからこそ、これらの文字をシニフィアンであると結論するのです。(『精神分析の四基本概念』ジャック・ラカン)

写真が成立するためには、この象形文字の石版のようでなければならないだろう。主体が想定される契機が必要で、そのメッセージがわたし以外の誰かに向けられていることで、初めて解釈の運動が開始される。
しかし写真は石版ではないし、石版のようなものが写真なわけではない(石版の写真というのはあるだろうが)。先述の通り、写真はとても受動的なもので、一人の作者が意識化可能な意図の元に抑え込むものではない。
一つ留保しておけば、テキスト論を待つまでもなく、石版の文字ならば間違いのない「作者」がいて、その作者であればテクストの「意味」を知っているわけではない。重要なのは、知っていると想定される「作者」をわたしたちが期待できる、ということである。
話を戻せば、写真には文字が刻まれているわけではない。一方で像がある。繰り返しになるが、像が強すぎれば現実が捨象されるし、像が弱すぎれば運動が開始されない。
像とはなんだろうか。
石版の喩えを援用するなら、わたしたちは石版を解読しようとするが、偶然に石に刻まれた割れ目を読もうとはしない。だから主体が想定されないし、転移が起こらない。
と、一般的には考えられるだろうが、果たしてそうだろうか。わたしたちは時に割れ目を読もうとするし、亀の甲羅を火に焚べてできた割れ目で未来を読み解こうとすらするではないか。存在は既に、パラノイア的に粘着されている。
「自分を王だと思っている王は、自分を王だと思っている乞食と同じだけ気が狂っている」とラカンは言う。人間が自分を人間だと言うのは、王が自らを王とする狂気によってである。例えば猫の映っている写真に猫を見、像を発見するのは、自らを王だと信じている王のパラノイアによる。
もちろん、わたしたちは猫のいないところにも猫を見る。猫だと思ったら風で飛ばされてきたビニール袋かもしれない。これもまた、世界が常に既に巻き込まれているパラノイアの作用である。
王が自らを王と信じ、人々もまたこれを認める時、パラノイアは社会契約としての人格と相違なくなる。像がそのような形で即自的に作用している限り、パラノイア的力動は少しも明らかにならない。むしろビニール袋が猫であったり、あるいは寝起きの王が自分が王だと思い出すまでの時間に、現実がかろうじて入り込む。石の割れ目がわたしたちの内に惹起する、ほのかな不安と興奮こそが、現実の残り香だろう。視覚において、それは眼差しという形で現れ、像の結像と共に(寝起きの王が自分の職業を思い出すと共に)消え去る。たぶん、写真の価値は、現実が一瞬現れて消える、この時間の中に宿っている。

主体は本質的な動揺の中で幻想に吊り下げられているようなものですが、視る関係においては、その幻想が依存している対象は眼差しです。(…)主体がこの眼差しに焦点を合わせようとするやいなや、この眼差しは点状の対象、消えゆく存在の点となり、この点を主体は自身の瓦解と取り違えます。
(…)
主体は、自身の消えゆく点状の特徴を、「自分を見ている自分を見る」という意識の錯覚という形であれほど幸運にも象徴化する方法を見出すのです。この錯覚において眼差しは消えてしまいます。(『精神分析の四基本概念』ジャック・ラカン)

わたしたちは鏡を見る時、「自分を見ている自分を見」ていると考えるが、正にそのような形で像を結んだ(象徴化)瞬間、現実としての眼差しは消失してしまう。
サルトルはそれを、鍵穴から覗き見している者を不意打ちする視線として描き、主体を恥そのものとしてしまう「見ているものを視ている不可視なもの」として語るが、ラカンは「眼差しは見られる」と言う。なぜなら、そこで不意打ちを食らわせられるのは、他者の実在に対する(他なる主体に対する)主体ではなく、欲望の領野における主体だからである。
船上のラカンと浮いている缶のエピソードが語られるのは、この先の下りにおいてである。荒くれ者の中で浮き立った、絵の中のシミの如きラカンと、波間に浮かぶ光点。そのまばゆさは、確かに網膜に届いており、「目に見える」。
しかし、単なる像として見えているわけではない。光そのものがわたしを視ている。光とは、もちろん視覚を可能にするものだが、逆説的にも、光自体をわたしたちは直視できない。正確に言えば、強い光を前にした時、わたしたちは目を細め、虹彩を絞る。この時、視覚は光を受けるというよりはむしろ制限することによって成立している。この不透過性、スクリーンのようなものが、眼差しを「見られる」ものとしている。
視覚を可能にする、それ自体として見えないものが、像、あるいは王により導かれつつ遮られ、完全に失われるその直前の数瞬、画面の中に映り込む。写真が何かを映すとは、そういうことではないのか。

最後の補助線として、フラット化とそれに対する抵抗、というアクチュアルな視点を導入する。
フラット化とは何だろうか。

ゼロ年代以降、世界は自閉症化(発達障害化)しているのではないかという時代診断が、幾人かの精神病理学者によって唱えられてきた(…)たとえば内海健(2012)は、現代の心的システムを、ある種の自閉症者にもみられるような「リアルなものの裏打ちを失った合理性」と考えている。(・・・)また鈴木國文(2011)は、二〇〇〇年代後半の言説が、「たしかに正しいのだけれども、何かがおかしい」「その言説が可能になる「手前の問い」が問われないままに言説が流通する」という特徴を持っていることを指摘している。(『享楽社会論』松本卓也)

この下りの中で松本は鈴木を引用し、たとえば「自由」について、人間が自由であることはもはや証明など不要な前提になっており、「自由とはなにか」「自由は可能か」という問いが問われないことを指摘している。
「神経症」という概念自体、1980年にはアメリカ精神医学会による診断マニュアルDSM-Ⅲにおいて削除されている。DSMとは、「精神障害の診断と統計マニュアル」(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)で、明確な診断基準を設けることで、精神科医間で精神障害の診断が異なる問題に対処しようとしたものである。言わば精神医療診断のマニュアル化だが、病因論を排して操作的分類が採用されていることに特色がある。こうした統計に基づくマニュアルが作られた背景には、精神疾患の病因論がなかなか進展せず、結果恣意的にも見える診断が横行してきたという背景があるが、一方で力動的な精神医療観が排除され、症状の点数化が中心に据えられる世界観には批判も少なくない。
この問題に深入りする用意は到底ここではないが、精神疾患に対するこうした視点の変化が、社会全体のフラット化と無関係であるわけがないだろう。
この社会状況のシフトを、立木康介は(精神病・神経症・倒錯の三組から成る)ラカンの枠組みで言うところの倒錯と関連付け、世界が「露出」化していることを指摘している。

心の傷について語らない(語らせない)文化から、語る(語らせる)文化へ。これはたんにメディア(だけ)の問題ではない。それに加えて、心について語ることへと人々を向かわせる社会的圧力のようなものの働き方が、どうやらこの数十年のあいだに変化してきたのである。「圧力」ということばの聞こえが悪いようなら、「オリエンテーション」とか「方向づけ」といいかえてもよい。現代に生きる私たちは、自分の心について語るように仕向けられ、促され、励まされている。おそらく、過剰なまでに。(『露出せよ、と現代文明は言う』立木康介)

「心の傷」「心の闇」がいわばコンテンツ化することで反転し、パブリックな空間を侵食する。公共化した闇は既に闇ではない。(是非はともかく)抑圧構造と「読み合い」によって成立していた社会が、フラットな個の集合へと分解されていく。仮に私的な領域が残されていたとしても、公的なものの従属的な立場でしかない。現在、東京都が大道芸人を「ヘブンアーティスト」として審査・管理するシステムが運用されているが、ちょうどそのような形で、私的なものが公的なものの「許可」「管理」の元に置かれる(権力の許可の元でしか路上で芸ができないことにはもちろん実際的な事情があるだろうし、ある種の落とし所として前向きに成立した制度なのだろうが、それが天国の名で呼ばれていることには、いささか皮肉めいたものを感じないではいられない)。
あまりにも陳腐で指摘するのも憚られるが、インターネット、SNSの一般化がこうした変化を加速させているのは言うまでもない。

テレビ番組でなされる慎みのない打ち明け話にはじまり、ブログやSNSのページに綴られる指摘な出来事や感情剥きだしの意見の数々、さらには無数の泡のように浮かんでは消えていく「つぶやき(ツイート)」の渦に至るまで、人々のもっとも秘められてあるべきもの、その意味でもっとも遠くに隔てられてあるべきものが、いまや私たちの眼前に露出されている。それどころか、私たちを隙間なく包囲している。(『露出せよ、と現代文明は言う』立木康介)

こうして闇の排除された世界において、窃視者的な関係はもはやファンタジーとしても成り立ちにくい。鍵穴から覗いている姿を自ら配信するような「露出」的平明さが世界を覆おうとしている。
そのような世界は確かに安全で清潔である。かつてであれば一元的な情報管理により圧殺されてきた声が可視化された意義については触れるまでもない。
一方で、無数の「声」が無媒介に晒される世界は、象徴的な法の代わりに獰猛な超自我が猛威を振るう世界でもある。庸劣な例だが、SNSではたびたび炎上事案が起こり、「バカッター」的な行為が晒され、少し度の過ぎた高校生の悪戯が日本中の非難と嘲笑を浴びることがある。行為それ自体は褒められたものではなく、また批判の声一つ一つも正論ではある。しかしこの批判には<父>の水準で統べるものがなく、融通がきかず容赦のない「正義」だけがイナゴの群れのように襲いかかる。

象徴界の論理や不在の<父>の存在を信じることそれ自体が不要となり、その代わりに享楽の「露出」と獰猛な超自我の命令が支配する世界が到来している。(『享楽社会論』松本卓也)

一つ迂路を経ておくなら、こうした変質については、書き言葉と話し言葉の関係の変化も背景として考えるべきだろう。かつて書き言葉は一定のプロトコルに従って構成され、更に物理的にいくつもの過程を経て読み手に届けられるものだったが、「話し言葉の如き書き言葉」が公共化することで、「内面の吐露」は一気に簡便となった。しかしここには一つの取り違え、あたかも鏡の中に自分を見ている自分を見てしまうかのような錯覚がある。わたしたちは書記法の統一が極度に完成された国家で暮らしているために無感覚になりがちだが、いかなる書き言葉も話し言葉をそのまま写し取ったりはしない。書記が音をそのまま表記できるなどというのは、言語的訓練があまりにも未熟な者だけが考える幻想であって、逆に「音をそのまま記録する」記法があるとすれば、書記として極めて使いにくいだろう。国や地域によっては、言語はまるで統一されず、記法はバラバラで、「正しい国語」という概念すら希薄である。書き言葉と話し言葉は元来まったく別のもので、その向こうに「一つの言語」が存在するというファンタジーが、話し言葉が「心」と一体であるかのような幻想と秘密裏の共犯関係を結んでいる。
こうして、極度にカジュアル化された「書き言葉」が即時的に発せられる結果、「内面の距離」が削除され、「他者の全面的な隣人化」とでも言うべき状況を現出させている。

だがそれらの隣人たちは、私たちの手がけっしてじかに触れることのない相手であることにかわりはない。どこまでも近しさを欠いたまま否応なく接近してくる他者、これをハイデガーとともに「不気味」な他者と呼ばずに何と呼ぼう。(『露出せよ、と現代文明は言う』立木康介)

更に立木は、わたしたちがこの「不気味さ」にすら無感覚になり、ハイデガーが「物の殲滅」に対して覚えた怯えを感じないし、マクルーハンの語る「感覚麻痺」を想起させる状態にあることを指摘している。この麻痺は単なる慣れではなく、ちょうど白飛びした画面で物体のディテールが失われるように、フラットな見通しの良さそのものに由来するのだろう。
しかしそれでも、わたしたちがなにも感じていないわけではない。「不気味」な他者に囲まれることでわたしたちの関係がより「親密」になったかというと、多くの人の直観は素朴な肯定は示さないだろう。わたしたちの関係はとても近いのに、微妙な緊張感が漂い、奇妙に遠さがある。あたかもゴミ屋敷の住人が、愛惜たっぷりにガラクタを溜め込みながらそのどれ一つとして「使えない」ように。「親密な孤独」とでも言うべき隘路へと陥ったわたしたちに、何が足りないのだろうか。たぶん、何も足りていない。自体愛的で麻薬的な享楽が、街灯と監視カメラのように世界を覆う、その「欠如のなさ」こそが、「隣人ならざる他者」を殺しているのである。

分離が偏在する世界にあって、人間的対象と向き合うこと、それどころかそれを見つけ出すことがいかに難しいか(『露出せよ、と現代文明は言う』立木康介)

では、他者はどこへ行ってしまったのか。「たんなる映像や文字として、身体的な現実から切り離されて存在している他者ではなく、ひとつの身体とともに私たちに出会われ、わたしたちの身体を触発するような他者は?」
世界全体を隈なく探そうとしても無駄なのだ。むしろ「隈」を探さないといけない。それは鳥の目から見た公平で客観的な視界には映らないものである。

かなりの回り道をしたが、藪という目線の低さに、わたしは「隈」を見ようとしている。隅っこにあって無価値で不分明なもの、見通しの良さに対して抗っているものだ。
しかしそれは、都市における公園や緑地のように、分節された光溢れる世界に対し機能的に「憩い」や「ゆとり」を提供するものであってはならない。これらは「見通しの悪さ」自体をもって、「見通しの良さ」に対し協力を申し出る、自作自演のヒール役に過ぎない。あるいはまた、「大自然」のように、わたしたちの手の届かない大他者として実在を措定されることで、(ファルス享楽における男性にとっての「女性」のように)禁止という形で幻想を維持しているものでもない。端的にただただ個別的で全体性を持たず、どうでもいいものでなければならない。
その藪は、分け入った者の効果を返す。ここで返される効果とはなんだろうか。このフラットで明るすぎる世界において、藪=隅でわたしたちが「出くわす」のは、「隣人ならざる他者」ではないのだろうか。それはよそよそしく、理解不能で好ましからざる危険なものだが、露悪的に示される「現実の姿」というコンテンツではなく、ただの冷たい無関係な物質でもなく、自身の背中にも似た肉塊的なモノだ。その肉塊は、社会性を剥奪されたというよりはむしろ、接続先としての社会を喪失した身体、「コンテンツ化」に失敗した身体ではないのだろうか。露出過剰となった社会を向いた「個人」の像ではなく、生物と無生物の境界も模糊とした物質へと連続する身体ではあるが、単なる疎外された客体ではなく、自動書記の如く語り続ける主体の残像。
それは、動物ドキュメンタリなどで自動撮影の赤外線カメラがとらえる動物の姿にも似ている。緑がかった画面に目だけが反射しているあの姿は、感情移入しやすい親しみある動物でもなければ、ネイチャーフォト的に生き生きと自然物を捉えたものでもない。紛れもなく、わたしたちの知っているあの鹿やあの狸でありながら、「別の視覚」が捉えた姿である。そこでは、通常、写真が現実を映すという幻想を支えている「本物らしさ」が捨象されているにも関わらず、「(動物の)真の姿が捉えられている」という約束が成立している。たぶん、そんな「真の姿」などどこにもないにも関わらず。
フラットで見通しが良く、安全安心でルールが機能する世界は「良い」世界である。わたし自身、そうした世界と身も蓋もなく供給される享楽にすっかり慣らされてしまっている。しかし同時に、「親密な孤独」に苛まれ喘いでもいる。何か望ましからざるものが、この中毒を断ち切ってくれないかと、密かに期待もしている。
このシリーズは被写体との交流と説得、および藪を漕ぎ進む長い長い踏破行、絶え間なく変わりゆく名もなき藪や木々の観察とが、交差するところで成り立っている。bush patrolと言うと、アメリカのスラングで「男女がいちゃつくこと」を指しているが、冬の藪はいちゃつくどころではない。しかし、いちゃつくよりもっと「あり得ない」ものが、わたしおよび人々を急襲してくれることを、どこか期待もしている。
「藪の中」は斑紋に怯える捕食者の目からは隠されている。安全な場所から叩いたところで獲物は追い出せない。
Don’t beat around the bush. Get into it.

2020年4月17日