Chronotopographics補遺 二つの死の間、あるいは一匹の猫を見送ること

以下の文章は2025年5月のニコンサロンでの展示『Chronotopographics』において無償で配布していた文章です。写真集『Chronotopographics』収録の文章を補完する内容となっています。

なお、写真集『Chronotopographics』はこちらのショップでお買い求め頂けます。

 ある島の巨大リゾートホテル廃墟を訪れた時のことだ。

 ホテル廃墟というものは、大抵の見どころが一階と最上階付近にある。つまりエントランスまわりのロビーやフロント、レストラン、バーおよび大浴場などと、上層にしばしば配される宴会場や展望レストランなどだ。中間にあるのは無数に並ぶ客室で、そのほとんどは似たりよったりの構造である。時に驚くような美しい朽ち方をしていることもあるが、平々凡々たる汚れ具合で見るところもないのがむしろ普通だ。

 だから、居並ぶ客室のドアを一つ一つの慎重に開いて確かめていく探索者の運動は、緊張感をはらみながらも退屈な苦行になることが珍しくない。誰に頼まれたわけでもなくある種の強迫に背中を押されてやっているだけのことだが、現役時の清掃員でもこれほどマメではなかっただろう。

 さて、この巨大廃墟はとても風の強い海岸に近かったため、海側の窓ガラスはほとんど損壊し、館内には風が吹き抜けていた。廃墟にはしばしばあることだが、この風が壊れたドアや家具その他の構造物を動かし、色々と音を発生させる。狂った者が壁を棒で叩きまわるようなバタンバタンという音の時もあるし(あまりにもその音が騒々しくてまわりの気配がわからなくなるので、一旦石でドアを止めて撮影したことがある)、複雑に崩壊した構造を吹き抜ける結果、笛のような独特の音色を発することもある。

 このホテルでも様々な音が鳴っていたのだが、ただただ客室だけが並ぶ退屈な中層部分を歩いていると、ある一画から不思議な音色が聞こえてきた。

 木管楽器のような音なのだが、その音程が少しずつ変化し、まるで音楽のように聞こえるのだ。

 十中八九風の悪戯だとはわかっているが、もしかすると誰かが悪ふざけで音源を仕掛けているのではと疑うほど、それは音楽的だった。

 慎重に廊下を進んでいくと、音は半開きになったあるドアの向こうから響いているとわかった。肘で押すようにして、そろそろと扉を開いて中に身体を滑り込ませた。

 部屋は入口付近が通路状になっていて、奥の広い空間に大きなベッドが二つ並んでいる。リゾートだけあってかなり贅沢な作りだ。すぼまった通路に入ったあたりからは正面奥の割れた窓、その窓の縁で風にはためくカーテン、ベッドサイドの電気スタンド、それから壁側のデスクなどしか目に入らない。一歩歩くごとに奥の部屋が視界にせり出してくる。そして一番死角になった手前側のベッドが顕わになった時、その上に見慣れない物体の存在を認めた。

 それはまださほど腐敗も進んでいない、一匹の猫の死骸だった。

 病を患った猫は目立たないところに潜むと聞くが、廃ホテルのベッドを最後の宿に選んだのだろうか。それにしてはベッドの真ん中に横たわっているのは少し不自然な気もする。誰かが悪戯で置いた可能性も否定し切れない。よく確かめたわけではないが、少なくとも玩具には到底見えなかった。

 不思議な音楽をもって猫に呼ばれたような気がして、丁重に祈りを捧げた。

 廃墟で遺体に出会うのは、人間でも動物でもままある話である。わたし自身もミイラ化した動物の遺体や白骨には度々出会っている。人間には一度も会っていないが、通算三名の遺体を発見した先輩探索者もいる。

 廃墟で遺体などと言うと、いかにも安っぽい心霊話のようになる。世の中の多くの人々、遠くから眺めて冷やかしているだけの人たちは、この手のスキャンダラスなストーリーを大変好んでいる。長年廃墟サイトを運営しているから、これらがいかに衆目を集め、「アクセスを稼げる」かはよく知っている。

 写真集『Chronotopographics』所収の文章でも自分なりにかなり感情を抑えつつ触れているが、わたし個人としては、脳に心地よくあらかじめ用意され、複雑で多様な対象の実相を乱暴に覆い隠す、この手の陳腐な心霊話に心底辟易している。心霊話をでっち上げる側は、おそらく最初からビジネスでやっているだけの話だからまだ良いが、そんなストーリーに簡単に乗っかって一時の享楽を味わってしまう「消費者」たち、提供された出来合いのエンターテイメントを楽しむだけで、対象自体には決して真摯に向き合うことがない人々とは、あまり交わりたい気持ちにならない。

 わたしは神を信じているし、運命を信じているし、魂の不滅を本当に信じている。捻じくれた関係になるが、そういう「頭のおかしい」人間だから、軽々しく死だの霊だのと騒ぎ立ててストーリー的に消費したくはない。

 過ぎ去った後のものに対して敬意を欠くべきではないし、どのような者にも弔われる資格がある。

 そして廃墟自体もまた「過ぎ去った後のもの」だ。

 廃墟には何重もの意味で死がまとわりついている。

 一つは簡単な話で、端的に廃物件とは少なくとも一度は死んだ人工物である。社会的尺度において「生きている」ものを廃墟ファンは廃墟と呼ばない。「生ける廃墟」などという表現も、廃墟とは基本的に死んだものであるという認識があるからはじめて成り立つ。

 正確に言えば、一旦死んだ廃墟が再び生まれ変わること、つまりリニューアル再利用事例というのはままあるし(廃墟検索地図では「リニューアル」のフラグが付けられる)、再生したものが再度死ぬのも珍しくない。

 再生や「歴史的遺構」としての保存自体を、逆説的にも「廃墟の死」と呼ぶ向きもある。綺麗にリノベートされ営業しているものが廃墟ではないのはもちろん、史跡として整備され観光化してしまっても、自然に朽ちゆく物件の魅力は確かに半減する。

 つまり廃墟というものは、解体されても再生保存されても、消滅してしまうことになる。解体も再生も「廃墟としての死」であり、二度目の死だ。廃墟は、最初の死から二度目の死を迎えるまでの時間に宙吊りにされている。

 この二つの死の間の時間は、オイディプスの娘アンティゴネーの物語を連想させないではいられない。国家に背き正当な埋葬を許されなず、ポリスの外(=文明秩序の外部)に野ざらしにされた兄ポリュネイケスの亡骸に向かって、アンティゴネーは法令に反して城壁を出て近づき、砂をかけて弔いとする。その結果、アンティゴネーは実質的な死刑宣告として、一日分の食料と共に地下に幽閉される。後にこの処分は撤回されるのだが、その時にはアンティゴネーは既に自ら死を選んでいる。

 ポリュネイケスは生物的に死ぬが、葬儀=象徴的な死を許されないまま宙吊りにされている。他方アンティゴネーは、幽閉=社会的抹殺という形で象徴的な死を宣告されるが、生物的にはまだ生きたまま宙吊りにされ、自ら死を選ぶ。この時、象徴的に死んでいるが生物的にはまだ死んでいないものは、ジョルジュ・アガンベンの言うところのホモ・サケルに相応することをスラヴォイ・ジジェクが指摘している。ホモ・サケルとはローマ古法に登場する術語で、供犠という通常の儀礼において殺すことができないと同時に、殺害しても罪に問われない存在を指す。つまり法の例外に置かれたもので、「剥き出しの生」のポジションにある。たとえば強制収容所の囚人は生きながら象徴的には死に、法の外におかれるが、依然として政治の対象となる。

 廃物件とは社会的機能を奪われ放置されている人工物であり、象徴的に死んでなお死にきってはいない、つまりアンティゴネーのように二つの死の間にいる。自然に侵食されていく廃建造物がフォトジェニックである理由の一つは、機能を剥奪された物質が露出しているからだが、その様は「剥き出しの生」のホモ・サケルに似ている。

 皮肉なことに、この留保の時間にいる廃墟には、社会的=象徴的に役割を奪われた者としてのホームレスが住み着き、そのまま死を迎えることがある。極稀には自殺志願者がわざわざ訪れて首を括ることもある。これらの人間たちは、生物としては死にながら弔われて象徴的死を迎えることができないまま、ポリュネイケスのように野ざらしになっている。

 たまたま訪れてその亡骸に対面する探索者は、一周回って再びアンティゴネーだろうか。実際、いかがわしい趣味に耽溺したあまりに「社会的制裁」を受ける者もいなくはないし、既に受けている無法者の類が屯する場合もある。時には探索者自身が不慮の事故などにあい、ポリュネイケスのように悲しく次の訪問者を待つこともある。

 廃墟にまとわりつく別の死は、廃墟カルチャーにまつわるものだ。

 その歴史的背景についての私見は「Chronotopographics」にあるためそちらをご参照頂きたいが、使用されなくなり朽ちた建築物はもちろん建築の歴史と同じくらい古くから無数にあったが、それらに「廃墟」という概念を被せ鑑賞するのは一つの文化的作為である。「廃墟」は様々な文化的潮流の合わさったところに生まれた発明品だと言える。

 このカルチャーの魅力の一つはどこか胡散臭く薄暗いところにある。だから前述の通り、廃墟として荒れ放題になっていた物件が価値を再発見され、文化財として整備保存されてしまうと、もちろん取り壊されてしまうよりは遥かに良いが、廃墟カルチャー的には魅力を損なうし、廃墟としては「死ぬ」ことになる。

 元々は人間の都合をもって合目的的に作られた構造物が、人間たちの象徴経済の網の目からこぼれ落ち、「剥き出しの物質」として自然に囲繞されているのが廃墟の魅力の一大源泉である以上、別の形であれ何であれ再び人間世界における意味を獲得してしまったら、もはやそれは「廃墟」ではなくなってしまう。

 廃墟の魅力の一つは、言うなれば「お金にならない」ことだ。グレーで交換価値に乏しく、画一的合理的には扱い難く、一回的で移ろいやすくリスクを伴う。それゆえに資本が入り込み根こそぎにされることがないし、経済のシステムに回収されない生の物質が密かに残っている。翻せば廃墟はどこまでも社会的には承認され切らず、常に周縁的で、いかがわしい匂いがまとわりつく。

 一方で現代社会はますますフラットになり、社会的公正や法秩序の光をもって隈なく世界を照らそうとしている。かつてであれば物陰になって光の届かなかった部分をも明るみに出そうとするし、物理的にもあらゆる場所に照明と監視カメラが設置され、個人の携えたカメラが全世界的ネットワークに接続されている。政治的正しさと法令遵守が、巨大組織だけではなく市民個々人においても内面化されつつある。岡田斗司夫の表現を借りるなら「ホワイト化」だ。

 別段わたしはここで、世の趨勢について論じたり批判したりしたいわけではない。言おうが言うまいが変わるものは変わり変わらないものは変わらない。大きな流れには誰も抗えない。

 ただこうした潮流が確かなものだとすると、廃墟カルチャーにとってあまり好ましい未来は訪れないだろう。胡散臭く周縁的であることが核心的であるこの文化にとって、あらゆる場所を等しく照らす慈悲深き文明の光は、救済や安寧ではなく死をもたらすかもしれない。

 一つ留保しておかなければならないのは、文明的で「正しい」光は、一定程度まで廃墟カルチャーにとっても必要だったということだ。中心があるから周縁が成り立つのであって、周縁だけであればそれはただの不毛の荒野に過ぎない。都市的なフラットさが一定程度担保されたことで、そうではないアンダーグランドな空間としての「廃墟」が発見、あるいは発明された。実際、日本においてこのカルチャーが生まれたのは高度成長期以降で、バブル崩壊から00年代に至る安定=停滞時代において花開いている。urbexの楽しみは先進各国に見られるが、高度成長以前の発展途上諸国ではあまり顧みられることがないだろう。あるいは、今まさに爆撃で破壊されていたり、巨大災害で崩壊に瀕している環境では、廃墟美もなにも言えたものではない。

 ともあれ、今後世界が一層「ホワイト化」していけば、過剰な養分が毒となるように公正の光が廃墟カルチャーを焼くであろうし、あるいはまた、おそらくはこの2025年を一つの境として今後進展していくであろう世界の動乱化、不安定化により、逆に必要な分の光も得られなくなり、「廃墟どころではない」状況に陥る可能性も大いにある。

 廃墟カルチャーは、ちょうど廃墟が二つの死の間に横たわる儚い存在であるように、光と闇の絶妙なバランスの上で成り立っている。その塩梅が今後どちらに転がったとしても、現在のような活動の継続を保証してくれるものはなにもない。

 自分がそれなりの期間にわたって一定の情熱を注いできたカルチャーが窮地に陥るとしたら、もちろん心穏やかではいられないだろうが、だからといって世の中の大きな流れを覆すことはできない。正直、今後このカルチャーにとって好ましい変化が訪れる予感はないし、だからこそ廃墟それ自体と同じく、一期一会の心持ちで今を撮り今を表現し続けないといけないと思っている。

 タイタニック号が沈んだ時、乗客たちの恐怖と混乱を少しでも鎮めるため、音楽隊は最後まで楽曲を演奏し続けたという。わたし個人としては、その音楽隊のように船と運命を共にしてもよい。そもそも操舵士にすら舵を取れなくなった時、よるべない一楽士にほかのなにができるだろうか。

 

 二つの死の間で漂っている場所に、死にゆくかもしれない文化を纏って訪れるなら、それはほとんど墓参、あるいは巡礼のようなものだ。

 「巡礼」の語がサブカルチャー的な文脈でポップに用いられるようになって久しいが、語の真の意味でこれは巡礼である。巡礼とは遠方の聖地を詣でることで、ここでの聖地とは日常的な生空間の外部、死と接する場所であり、過ぎ去ったもの、今はなきなにものかが地上に残した跡を巡ることだ。わたしたちは死=外部そのものに直接触れることはできず、ただ死のまわりを巡る。

 墓参りに大騒ぎをして訪れるものはいない。沈みゆく船の楽士だとしても、そこで奏でられるのはせいぜい葬送曲であるべきだろう。

 この点でも、ポップな心霊的趣味で騒ぎ立てるのが適切だとは自分には思えない。マナー的な話として「複数人で行かない」「大声を出さない」「地元に迷惑をかけない」等と廃墟業界で言われる通り、誰にも気づかれずに静かに行って帰り、なにも持ち帰らず持ち込まないのが最低限の礼節だろう。なにせわたしたちは故人の親戚でも縁者でもなんでもないのだ。

 それを言うならそもそも廃墟など行かなければよい、というのはまったくもってその通りだし、前述の「ホワイト化」的な文明の光は良識をもってそう諭すのだが、廃墟カルチャーは元より矛盾の上でバランスしているものなのだから、今さらそれを指摘されても織り込み済みとしか言いようがない。

 このバランスは、それこそ少し大声を出したら崩れてしまうくらいに儚い。文字通りの意味で、どこかの陽気な人々が肝試しで騒ぎ立て、地元住民が迷惑し、遂には警察や自治体が動き、廃墟自体が取り壊されるかもしれない。そしてこれら一つ一つの死が、廃墟カルチャー全体を、窒息に向かってじりじりと追い込んでいく。

 それらを含めて、もうできることはなにもないのかもしれない。

 本当のところ、こんなことを言葉にしたくないし、廃墟について軽々しく語ったり尋ねられるのが嫌いだ。また「Chronotopographics」にも書いた通り、廃墟という言葉の陳腐さ、細部を押しつぶし覆い隠してイメージ化してしまう乱暴さにもうんざりしているし、自分自身がそうした営為の一端を担ってきたことにも悔悟がある。

 巡礼者は饒舌であるべきではないし、軽々に声を発し言葉にしてしまう無神経さには目を覆いたくる。この無神経さ、恐れ気のなさは、遍く照らすフラット化の光の「無垢で善意に満ちた」性質と通底している。

 「日の下には新しいものは一つもない」とのソロモン王の箴言を、明るい光の下ではその光に覆い隠されてしまうものがある、薄暗がりでしか見えないものがある、とミシェル・セールが読解していたが、わかりの良いイメージややさしい言葉たちこそが対象の細部を無造作に白飛びさせていく。

 この明るさは、二つの死を一つにしていく。つまり象徴的な死を無化し、物質としての死しか見えなくしてしまう。なぜなら象徴的な死とは、見通しが悪く辻褄の合わない多様な社会的文脈によって規定されるもので、普遍的で誰にでも通じる言葉にはすくい取れないものだからだ。雑多で猥雑で辻褄の合わない語らいはなぎ倒され、誰にも「論破」だけはされないホワイトアウトした言葉がすべてになる。もちろん、二つの死の間にあったものは最初からなかったかのようになる。アンティゴネーもポリュネイケスもただの死体だ。

 しかし「ホワイト化」「フラット化」の流れは変わらないだろう。なにせそれは清く正しく良いもので、もちろん一市民としてのわたしにとっても多いに益をもたらし、安心安全で大変喜ばしいものなのだ。

 同時にまた、大動乱によりすべてが灰燼に帰すかもしれないし、もっと悪いことに、冷戦時代に想像されたような熱核戦争などではなく、じわじわとした生存環境の悪化や物質的欠乏、それと同期した強迫的不寛容や十九世紀的覇権主義の復権などにより、諸文化の生きながらえていた空間がすり潰され、あるいはわたしたちの生自体が摩滅していくかもしれない。

 現在進行しているフラット化とは、ただ世界を一つの地平に均すことではない。でこぼこで緩やかだった地形が、一部は極度に水平に、一部は絶壁の大穴になることだ。

 このような大きな力の前で、一個人にできることはなにもない。正確には、なにか言葉を発すれば、その口の端から下品で「わかりやすい」話へと自ら巻き込まれ、葬送の妨げ以外のなにもできなくなってしまう。

 もうなにも言いたくない。耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になりたい。

 あるいは、割れた窓になろう。壊れた壁になろう。崩れた塀になろう。

 その窓から、半開きの扉から、吹き込んだ風が偶然に音楽を奏でるかもしれない。愚かなうっかり者が、それを笛の音と勘違いするかもしれない。

 名前のない一匹の猫が天に帰るのを見送ろう。それくらいでたくさんだ。